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幻の名曲「ラ・シルエタ」とオルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナ

幻の名曲「ラ・シルエタ」とオルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナ

 去る4月3日、東京・雑司が谷のタンゴ・ライヴ・ハウス「エル・チョクロ」で「中田智也とシン・ノンブレ」の公演を観てきた。ちょうど前日4月2日のシン・フロンテーラス来日公演をエル・チョクロさんにお願いして、私も通訳でお手伝いしたので、翌日まで東京滞在を延ばしてシン・ノンブレ公演を観てきたのだ。

 中田智也さんは今80歳のバイオリニストで編曲家。1950年代末からタンゴ界で活躍してこられた。「シン・ノンブレ」(「名無し」の意)は長年の同僚である、同じく80歳の大原一駒(バンドネオン)と、丸野綾子(ピアノ)、宮越建政(バイオリン)ら若手で構成されたオルケスタで、ここしばらく年2~3回「エル・チョクロ」で定期公演を行っているが、早いと1ヶ月前には満席になってしまうという人気ぶりだ。
Chaya Nakada 20160403509 Takekuni Hirayoshi F

智也さんは中田修(バンドネオン、アコーディオン、ギター)率いるオルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナ、同じバンドが1965年頃に改称した中田修と東京ラティーノスでも活躍していた。このバンドには今も中田智也と共に演奏する大原一駒(バンドネオン)の他、盛岡で長く活動を続けている森川倶志(バンドネオン)や平吉毅州(ピアノ、1936-1998)もいた。平吉は音楽大学の学生時代にアルバイトでタンゴを演奏し、編曲も手がけるようになるが、後に日本屈指の現代音楽作曲家として、また数多くの合唱曲や子供のためのピアノ曲の作曲、そして桐朋学園などで数多くの後進を育てたことでも知られる人物である。その平吉が唯一作曲したタンゴが「ラ・シルエタ」(シルエット) La siluetaであり、その初演はオルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナだったそうだ。当時の日本のタンゴ楽団のレパートリーの多くはアルゼンチンの楽団のレコードコピーであり(これは聴きに来る人の要望でもあったのだが)、純然たるオリジナル作品と呼べるのは、ティピカ東京が演奏していた赤堀文雄作「東京生まれ」Nació en Tokioと、この「ラ・シルエタ」を除けばほぼ皆無といってよい。

「ラ・シルエタ」はアストル・ピアソラの初期の作風を消化した現代タンゴであり、日本人らしい感性も表現された大傑作である。公式録音はカルロス・ガルシーアのタンゴ・オールスターズによる1972年のもの(LPはビクターSWX7040「ラ・クンパルシータ」で発売、その後 VICP-60906でCD化)、ほぼ同時期のオスバルド・レケーナ楽団のもの(LPはフォノグラム SFX-6028「タンゴで挨拶」、原盤はアルゼンチン・ミクロフォン、未CD化)、そしてだいぶ時代が下がって1999年の小松亮太のスーパーノネット(CDソニー SRCR2465)「来るべきもの」)による3種しかない。最初の録音2種がアルゼンチンの楽団によるものであることも示唆しているが、この作品は戦後本格的タンゴ演奏を目指してきた日本のタンゴ界の到達点であり、現在多くの若手の音楽家たちがオリジナルを手がけるようになる、その原点とも言ってもいいだろう。

 シン・ノンブレの4月3日の公演では、「ラ・シルエタ」は第2部の最後に演奏された。アルゼンチンの2楽団の演奏では省かれていた部分が入っているので、小松亮太版と基本アレンジは同じだ。実は私の手元に1970年代初めの坂本政一とオクテート・ポルテニヤ(当時のバンドネオンは京谷弘司と門奈紀生)のFMラジオ放送音源があるのだが、やはり同じ編曲で、おそらくは平吉自身の編曲なのだろう。オルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナの初演の際もほぼこの形だったはずだ。
当日会場には故・平吉氏の奥様がいらっしゃっており、せっかくなのでご挨拶させていただいたが、「平吉は自分の作品が演奏されるのをとっても嬉しがっていました。(「ラ・シルエタ」は)難しいかしらね?」とおっしゃられていた。今の演奏家には決して難しい曲ではないと思うし、その素晴らしさは今だからこそなお一層感じられる。

 残念ながらティピカ・アルヘンティーナの演奏する「ラ・シルエタ」は録音に残っていない。私の知る限り、中田修とオルケスタ・ティピカ・アルヘンティーナの録音はソノシートに5曲残されているだけである。1962年10月発売のもので、「エル・チョクロ」「ラ・モローチャ」「インスピラシオン」「ガウチョの嘆き」「淡き光に」が収録されている(残り3曲は早川真平のオルケスタ・ティピカ東京の演奏)。デ・アンジェリス・スタイルを取り入れた「エル・チョクロ」など実に爽快で、ベテランのティピカ東京やティピカ・ポルテニヤと一線を画したフレッシュなスタイルで挑もうとしていた意欲がうかがえる。以下のソノシートに掲載されているティピカ・アルヘンティーナの写真だが、どうにもオリジナルが小さいので...。
Tipica Aregntina Tipica Tokio Sono-Seat SonoJournal 68 F 136 Tipica Aregntina Tipica Tokio Sono-Seat SonoJournal 68135

ちなみに今回智也さんに教えていただいたところでは、1963年ビクターに録音されたリカルド・フランシア楽団のレコード「あなたとタンゴの一夜を」(SJL-5049)のメンバーも中田修楽団なのだそうだ(63年ならティピカ・アルヘンティーナ当時ということになる)。それ以前のフランシア楽団のポリドールでのレコーディングでは小沢泰のオルケスタ・ティピカ・コリエンテスが手伝っていたので、これはちょっと意外だ。

1964~65年から「東京ラティーノス」と改称、メンバーの管楽器や打楽器への持ち替えも多用して、ラテン調も含めた幅広いレパートリーで活躍した。私の手元には5枚の東京ラティーノスのレコードがある。コロムビアで「赤い靴のタンゴ~ロマンチックリサイタル」(ALS-4117)、「雨に咲く花~ロマンチック・リサイタル第2集」(ALS-4149)、「ポップスデラックスシリーズ タンゴ」(JDX-12)、「魅惑の歌謡ヒット12~星を見ないで」(ALS-4363)の4枚、ポリドールで浜口庫之助の作品集「夜霧よ今夜もありがとう~浜口庫之助ヒット・メロディー集」(SLJM-1369)である。JDX-12以外はすべて日本の歌謡曲の器楽演奏アレンジである。このほかに東芝製作の本とレコードがセットになったシリーズに片面がティピカ東京、片面が東京ラティーノス(なぜか東京ラテノウスと誤記されている)というレコードがあるが、聞いた感じでは他とは別の録音に思える。ちなみにリーダーだった中田修は3年ほど前に博多で亡くなられたそうです。
(なお、現在活躍しているラテンバンド、有馬忍と東京ラティーノスとはまったく無関係)
Osamu Nakada Tokyo Latinos Akai kutsu LP 223 Osamu Nakada Tokyo Latinos Tango LP 227

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