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ペルー音楽初期録音の貴重な記録~CD「マルティン・チャンビの時代の音楽」

 1917年から1937年までのペルー音楽の録音を復刻した大変興味深いアルバムが発売された。タイトルの「マルティン・チャンビ」は1891年ペルーのプーノに生まれた写真家の名前で、ケチュア語を主要言語とする貧しい農村の出身だったが、14歳で鉱石の輸出会社に就職するため上京、そこでイギリス人の写真家と出会い、1908年アレキーパに移り、写真を撮り始める。先住民族や祝祭などさまざまな風俗を記録に残し、その視線は写真とメディアそのものに内在していた白人的な視点に大きく影響を受けつつも、自己の出自である先住民やメソティーソの視点も持っていた。1973年に亡くなり、国際的に評価され始めたのは1990年代だという。表紙の写真はもちろん、中にももう1点の写真が掲載されている。このアルバムに収録された音源はチャンビがもっとも多くの写真を撮っていた時期なのである。
CD Martin Chambi 048

Martin Chambi Carlos Prieto Libro 1

 アルバムの内容とチャンビの写真には時代以外の共通点がある。それは商業写真家として、スタジオで着飾った人々を撮るということと、民族のシンボルを記録するという2面性が、ペルー初期のレコーディングに見られる商業性と民族性の関係性に非常に近いものがあるからだ。
 一般的な感覚でいくと、録音が古ければ古いほど、より原初の形に近い音楽が聴ける、と思うかもしれないが、実際はそうではない。特に1926年以前はマイクがまだない時代であり、大きな音で録音できることが重要であり、そのためには大編成の編曲ができる、当時のポピュラー音楽界では少数派だったきちんと音楽教育を受けたアーティストが重用されることになる。実際このCDに収録されている1917~23年の録音はブラスバンドやオーケストラによるものである。

 マイクの使用が可能となって、ケーナ、アルパ、チャランゴなどの音もバランスよく録音可能となるが、それでもオーケストラや弦楽四重奏に編曲したフォルクローレなどが多い。まだ当時は民族の音を記録しようという意図はなく、クラシック音楽を聴く人にも鑑賞出来るようなスタイルを目指す(当時の人たちが考える「高い音楽性」)ということもあるだろう。2曲、現在ではあまり見られなくなったというエストゥディアンティーナ(スペイン伝来の弦楽器、アコーディオンなどのアンサンブルを指すが、ペルーではフォルクローレの演奏編成の一つとして確立されている)の録音もあるが、これは実際の演奏スタイルをそのまま記録したといえるが、比較的人数が多くて、録音に適していたからだろう。CDにはケーナとアルパのトリオ1曲と、アルパ・ソロ1曲があるが、これはむしろ珍しい方に入ると思う。

 ここに収録されている原盤はほとんどが北米盤である。おそらく1940年代までペルーには録音スタジオもプレス工場もなかったはずで、1930年代半ばまではアメリカ制作(最初期は譜面を持って、北米のスタジオオーケストラが演奏、その後は音楽家が出張するケースと録音隊が出張するケースがあったはずだ)、それ以降1950年代前半まではアルゼンチンのブエノスアイレスで録音・プレスが行われていた。その数は決して少なくないはずだが、これまでほとんど復刻されていない。上記のような録音事情を踏まえれば、なかなか面白い内容なのである。

 特に目を引くのは「コンドルは飛んでいく」の作曲者ダニエル・アロミア・ロブレス作曲①「アンデスの夜明け」である。「コンドルは飛んでいく」はペルー・フォルクローレで最も知られた曲であることは疑いないが、伝統的なモチーフをもとに、ロブレスが1913年にサルスエラ(スペイン語圏のオペレッタ)のために書いた曲であり、当時としては高い音楽的知識を持った人物の作曲によるものなのである。当のサルスエラは先住民労働者とアメリカ人鉱山主の闘争を描いた政治色の強かったせいもあり、後世には残らなかったが、1950年代から単独の楽曲として演奏されはじめ、1970年のサイモン&ガーファンクルによって世界的に知られるようになる(ただサイモン&ガーファンクル盤では作者不明の民謡扱いになっていた)。このCDの①をきくと、大げさなオーケストラ演奏にも思えるが、これはおそらくロブレス本人の編曲だと思われ、彼の目指した音楽はこういうものだったのではないか、「コンドルは飛んでいく」も、作者のオリジナルなイメージはこの録音に聞かれるような壮大なオーケストレーションだったのではないか、とも思うのだ。

私の手元には①と同時期のインターナショナル・オーケストラのSPと、その1年後、1929年の録音と推測されるブルンスウィック・レーベルの自作演奏(そちらはオルケスタ・ペルアーナ・デ・ロブレス)があるが、同じような編曲手法だ。
Nortena SP just 050
Huayno SP just 051

CDには他にもワルツの名曲「詩人メルガール」で知られるベニグノ・バジョン・ファルファン作曲⑩「マンコ・カパク」(フォックストロット)と⑬「クシクイ」(ワンステップ)などもあり、外国音楽とペルー伝統音楽の折衷に苦心してきた先駆者の姿も浮かぶ。(写真は私の自慢のコレクション、ファルファン作「メルガール」の1917年頃のレコード。)
Melgar SP just 049


私の手元にはタンゴのSP盤収集の傍らで入手できた1930~1940年代ブエノスアイレス録音のペルーとボリビア音楽のSPが100枚ほどある。アルゼンチンのスタジオ・ミュージシャンの助けも得て、また一味違う面白みがある。タンゴの復刻の進み具合に比して、この分野の復刻盤はゼロに近い。この盤の続編としてこの辺もいつの日か復刻されないものだろうか。
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