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ギジェルモ・リソット名古屋公演(2013年6月6日)セットリスト

ギジェルモ・リソット名古屋公演(2013年6月6日) セットリスト
Guillermo Rizzotto en Nagoya, Café Dufi, 6 de junio de 2013

先日行われたアルゼンチンのギタリスト、ギジェルモ・リソットのソロ公演のセット・リストです。
本人のFacebookにもある通り、第2部はのってしまって70分を超える熱演でした。

Primera parte 第Ⅰ部
1. Yaravi – Criollita mi alma(ヤラビ~わが心のクリオジータ)
2. Gato del agua (水のガト)
3. Naturaleza en tu vientre(お腹の中の君の自然)
4. Triunfo del corazon(心のトリウンフォ)
5. A Eduardo Mateo(エドゥアルド・マテオに捧ぐ)
6. Milonga de la espera(待つことのミロンガ)
7. El gato sin cabeza(頭のないガト)

Segunda parte 第Ⅱ部
1. Y se escucha el rio(そして川の音を聞いている)
2. Te vere en Las Piedras(私はラス・ピエドラスで君と会うだろう)
3. Pieza No.2 (作品第2番)
4. Introspeccion en la Murtra(サン・ジェロニ・デ・ラ・ムルトラ修道院での自己分析)
5. Permaneces en mi(君は私の中にとどまっている)
6. Rio solo(ただ川だけ)
7. Gato por liebre(野ウサギによるガト)
8. Agua que manda(送る水)
9. Carnavalito(カルナバリート)
10. Zamba sola(ただサンバだけ)
11. Cueca de la libertad(自由のためのクエカ)
12. L’imaginaire(リマジネール)(想像界)
13. Yo no como un gato(私は猫は食べない)
14. Chaya sola(ただチャジャだけ)

※コンサート中、ギジェルモ本人がアナウンスしなかった曲のタイトルは別途確認しました。邦題は西村による訳です。ガト、トリウンフォ、チャジャ、サンバ、カルナバリート、ヤラビ、クエカ、ミロンガはいずれもアルゼンチン伝統音楽の形式名です。(文責:西村秀人)

ギジェルモは今回名古屋に前日入りしたこともあって、いろんな話をしました。何より古い音源などを実によく研究しているので驚きました。この辺はまた機会をみてまとめようと思っています。

ウルグアイの才人、マノーロ・グアルディアを偲んで

去る3月13日、ウルグアイの多彩なピアニストにして編曲家マノーロ・グアルディアが世を去った。
日本では弦楽+ピアノというユニークなグループ「カメラータ・デ・タンゴ」のリーダーとして知られているマノーロだが、タンゴとクラシックのみならず、ジャズやカンドンベなどの分野でも才能を発揮した人物であった。
 1938年モンテビデオ生まれで、11歳の時からラジオ番組で人気を博していたミゲル・アンヘル・マンシ率いる少年タンゴ楽団で活躍。のちにこの楽団は他ジャンルの少年演奏家を含めて少年レビュー楽団となった、私の手元にはマノーロが15,6歳の時にリーダーとなり、「少年レビュー楽団」のメンバーと共に録音したレコードが1枚ある。(写真参照、初期にはマヌエル・グアルディアと名乗っていた)タンゴの方はマンシとマノーロが作曲した作品で、歌う歌手も同年代のようだ。この楽団のラジオ番組の人気は高く、1975年まで続いたという。この楽団からは多くのプロ・ミュージシャンが育っており、タンゴ歌手のナンシー・デ・ビタ、カンドンベのエドゥアルド・ダ・ルスもこの楽団からデビューしていったアーティストである。
Sondor Manuel Guardia 78A 512Sondor Manuel Guardia 78 511


 その後マノーロはジャズ畑を中心に活躍するが、1960年代初めにはピアソラとサルガンの影響を受けたモダン・タンゴのキンテート・デ・ラ・グアルディア・ヌエバを結成する。メンバーにはのちにカメラータで一緒に演奏するコントラバス奏者フェデリコ・ガルシア・ビヒル(彼はさらに後、モンテビデオ市立交響楽団の指揮者となる)、モダン・タンゴのトリオを率いたことでも知られるアリエル・マルティネス(バンドネオン)、現在はアメリカでラテン・ジャズ&サルサの分野で活躍しているフェデリコ・ブリートス(バイオリン)、そしてギターのエドゥニオ・ヘルピだったが、ヘルピが退団したのち、ギターを担当したのはのちにウルグアイ・ポピュラー音楽の巨人となるエドゥアルド・マテオだったという。残念ながらこのグループの録音は残っていない。
 これらの活動と並行して、ジョルジ・ロス(今も高い人気を誇る歌手ハイメ・ロスの叔父にあたるシャンソン&ジャズ歌手で、プロデューサーとしても優れた業績を残した)と組んで、ジャズやボサノヴァのテイストを盛り込んだカンドンベ集のアルバムを1965年に制作、数あるカンドンベの名盤の中でも一際グルーヴの効いた大傑作である。(オリジナル盤は大変な稀少盤だが、最近ダニエル・レンシーナ、エベルト・エスカジョーラの同時期の録音と合わせCD復刻された。だが日本にはまだ入っていない。)
 1969年、弦楽とピアノによるタンゴ楽団「カメラータ・デ・タンゴ」を結成、デ・ラ・プランタ・レーベルで出たファースト・アルバムはアルゼンチンのトローバ・レーベルでも発売され、当時トローバと契約のあったビクターから日本盤「新しいタンゴの調べ」としても発売された。カメラータはクラシカルな編成によるモダンなスタイルの編曲が評判となり、その後も長く活動、ジャズやクラシックの小品も取りあげる時には「カメラータ・プンタ・デル・エステ」と名乗っている。一方、ルベン・ラダら歌手のアルバムにも作品提供や編曲・伴奏指揮などで参加し、その才能は幅広く発揮された。
Camerata de tango Chau Che LP 497Camerata Cafe concert LP 498

 しかし1970年代独裁政権を嫌ってベネズエラに移住、約5年間を過ごす(一方他のカメラータのメンバーはメキシコへ移り、別のピアニストを加え「カメラータ・プンタ・デル・エステ」として活動を続けた。マノーロの編曲はそのまま使われた)。帰国後は様々な歌手の伴奏や、ポピュラー音楽を題材にしたクラシック作品を交響楽団に提供していた。
 私がただ一度、マノーロにあったのもこの時期、1990年代の半ばだった。ソリス劇場で行われていたモンテビデオ市立交響楽団のリハーサルを見ていたのだが、ちょうどマノーロのカンドンベ調の作品を練習しているところで、交響楽団のパーカッション奏者と、カンドンベ・リズムのパートだけ参加するアフロ系の打楽器隊のノリの違いが興味深かった。正面の席でリハを見ているマノーロのそばに行き挨拶すると、意外にもとても背の小さい人でびっくりしたが、にこやかに握手してくれたのを覚えている。
 ところが1997年、不幸にも手術のミスで両手麻痺という音楽家としては致命的な障害を負ってしまう。懸命のリハビリによって、右手だけはかろうじて回復し、2006年には「右手のためのタンゴ」という右手だけで演奏した多重録音のアルバムを発表するまでに回復したが、結局これが彼の最後のアルバムとなってしまった。

私自身の忘備録という意味も兼ねて、以下にマノーロ・グアルディアの残したアルバムを列記しておく。

*MANOLO (MANUEL) GUARDIA 名義
SONDOR(Uruguay) 5512 “La pulguita / Consejo de hermano” (78rpm, 1953頃)
/ Manuel Guardia y su orquesta integrantes de la “Rtevista Infantil” dirigida por M.A.Manzi
CHIC (Uruguay) LPCH 84 “Candombe!” (1965)
SONDOR (Uruguay) 50110 “Cantiga por Luciana / Candombecito”(シングル)
SONDOR (Uruguay) 33109 “Bijou” (1970)
AYUI (Uruguay) A/E297CD “Tangos para la mano derecha” (2006, CD)

*CAMERATA DE TANGO / CAMERATA PUNTA DEL ESTE
De La Planta (Uruguay) KL-8308 “Chau Che / Camerata de tango” (1971)
=TROVA(Argentina) XT-80013
=日本盤 Victor SJET-8396「新しいタンゴの調べ」
De La Planta (Uruguay) KL-8328 “Camerata Cafe Concert” (1973)
RCA (Uruguay) LPUS002 “Tangueses” (1975)
RCA (Uruguay) LPUS007 “Camerata Punta del Este – Cafe Concert vol.2” (1975)

*マノーロ・グアルディアが抜けた後のCAMERATA PUNTA DEL ESTE
Discos FOTON (Mexico) LPF042 “Carta abierta – En vivo” (1978)
Discos A.C. (Mexico) CE1006 “Gris Tango” (1979)
Discos FOTON (Mexico) LPF051 “Camerateando” (1982)
PENTAGRAMA (Mexico) LPP133 “Cameratango” (1989)
FANFARE RECORDS (USA) 3573 “Tangos of Passion” (1996, CD)
TESTIGO (USA) TT10117 “Por la vuelta” (1999, CD)

*編集盤
PENTAGRAMA (Mexico) PCD-324 “Camerata Punta Del Este” (1997, CD)
SONDOR (Uruguay) 8110-2 “Treintangos – Camerata Punta Del Este” (1999, CD)
AYUI A/M 43CD “Candombe!” (Hebert Escayola, Daniuel Lencina, Manolo Guardia) (2012, CD)
Manolo GUardia Bijou LP 500Manolo Guardia Para mano derecha 485


日本タンゴ楽団の栄光
~ティピカ東京&ティピカ・ポルテニヤの海外ツアーとその反響


 かつて日本のタンゴ楽団が長期にわたる海外公演を成功させていたことは、タンゴ・ファン以外にはあまり知られていない。その最初は1964年のことで、早川真平とオルケスタ・ティピカ東京、藤沢嵐子、阿保郁夫、柚木秀子というフルメンバーで行った南米ツアーだった(早川と藤沢のみそれ以前の1953、54、56年の3回アルゼンチンへ渡っており、その時藤沢の歌が反響を呼び、ラジオ出演やレコード録音を行ったことがその後の楽団全体のツアーの下敷きになっている)。アルゼンチンのテレビ番組出演がツアーのきっかけで、ナイトクラブ出演、地方公演やレコード録音も行い、さらにウルグアイ、チリ、ペルー、コロンビア、エクアドル、メキシコで公演、約9ヶ月にわたる大規模なツアーとなった。ツアー中、以下のレコードが録音された。

①RCA Victor AVL3527(アルゼンチン)TANGO EN KIMONO(=日本盤「タンゴ・エン・キモノ」 RMP-5047(S))
②RCA Victor AVL3543(アルゼンチン)ORQUESTA TIPICA TOKIO
(日本盤ビクター SHP-5538「ブエノスアイレスのオルケスタ・ティピカ東京」は①と②からの編集)
③東芝 OP-7122 「ブエノスアイレスの藤沢嵐子」(ミゲル・カロー楽団、うち6曲が藤沢嵐子歌)
④RCA Victor 05(0131)02170(コロンビア) TANGO EN KIMONO Vol.II(アルゼンチン/ペルー録音)
⑤RCA Victor IES-69(コロンビア)LA TIPICA TOKIO EN COLOMBIA
⑥RCA Victor F-LSP-5(ペルー)ORQUESTA TIPICA DE TOKIO

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 残念ながら現在これらの音源がほとんどCDに復刻されていないのは残念なことだ。また、このツアー期間中、アルゼンチン映画”Viaje de una noche de verano”「夏の一夜の旅」にも出演している。

さらに1966年1月には坂本政一とオルケスタ・ティピカ・ポルテニヤ(海外ではオルケスタ・サカモト)、阿保郁夫、国井敏秋がアルゼンチン公演に出発する。楽団はその後近隣諸国をめぐり、さらにティピカ東京ツアーでは訪れなかったベネズエラ、スペイン、プエルトリコ、アメリカ合衆国まで足を伸ばし、結局1年以上ツアーを続けた。ただし最後期には、阿保・坂本らは先に帰国、残った楽団はメキシコ人メンバーなども加え、ラテンのレパートリーを中心にしたショウ・バンドになっていたが、それも結局プロモーターの持ち逃げによって現地解散となった(この時64年ティピカ東京公演にも参加し、2回目の海外ツアーだったバンドネオンの岩見和雄とバイオリンの岩城喜一郎はニューヨークに残ることを選んでいる)。このツアーの間に録音されたものに以下がある。

①BELTER 22159(スペイン)TANGOS / ORQUESTA TIPICA SAKAMOTO
②CARIBE LP0004(ベネズエラ)SERENATA ORIENTAL / ORQUESTA SAKAMOTO
③GILMAR L.P.021(ベネズエラ)ORQUESTA SAKAMOTO(録音はプエルトリコか?)
④ALEGRE SLPA-8660(北米) ORQUESTA SAKAMOTO DEL JAPON At the Chateau Madrid

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阿保郁夫の他に、女性歌手として高たか子が参加、さらに①②には国井敏秋、③④には国井に代わって高沢ひとし(ホセ高沢)が参加している。①と④がアメリカでCD化されている。資料によれば最後期この楽団は「オルケスタ・セレナータ・オリエンタル・フジヤマ」の名で公演していたが、その流れと思われる17センチ盤4曲入りレコードが手元に1枚ある。

No number ORQUESTA SHOW FUJIYAMA-Exitos Vol.III canta HITOSHI TAKASAWA

「第3集」とあるのであと2枚あるのだろう。実際に聞いてみると伴奏は普通のマリアッチであり、おそらくはホセ高沢が坂本楽団解散後にメキシコで「フジヤマ」の名前を使って単独で仕事をしたものと思われる。レーベル名も番号もない17センチ盤だが、盤やマトリックスの刻印などの感じはメキシコOrfeonレーベルのものだ。

この2楽団のツアーがどれだけの反響を持っていたかを物語る興味深い別の資料がある。それは両楽団の人気に便乗して制作されたと推測されるレコードの存在である。私の手元にあるレコードを紹介する。

Tipica+de+Tokio+Adria+LP+469_convert_20130215225043.jpg

(a) ADRIA AP-64 Los grandes éxitos de la ... TIPICA DE TOKIO – Canta Rubén Maldonado
「テイピカ・デ・トキオ・大ヒット曲集」なので本人の演奏でなくてもいいわけだが、中身は普通のタンゴ名曲集でティピカ東京のレパートリーでないものもあるので、基本的には単なる便乗。歌っているルベン・マルドナードはアルゼンチン人で、長くコロンビアに暮し、スペインで歌っていた時期もある歌手。レーベルの方には「ルベン・マルドナード&ティピカ・デ・ハポン(日本)」と書かれているが、日本人の楽団とは思えない。フィーリングは本格的だが、コロンビア録音を便乗商品に仕立てたものか。

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(b)BINGO B-46 Tangos argentinos – ORQUESTA TIPICA DE TOKIO
「ティピカ・デ・トキオ」になっているが、ジャケット写真の女性も東南アジア人のようだし、収録曲の作者データもない怪しいレコード。有名曲は「灰色の午後」と「セ・ティラン・コンミーゴ」「ミロンガ・デル・ソリタリオ」ぐらいであとは正体不明。「タクシー・ガールズ」なんてタイトルのミロンガもある。演奏は本格的だが、ティピカも小編成もギター伴奏もあって楽器編成・音質共に一定しない。歌手は少し線が細いタイプや下町風など少なくとも数人含まれているようだがアルゼンチン人だろう。しかし日本のタンゴ楽団との関連は見いだせず、要は阿保の持ち歌「灰色の午後」が入っているだけで無理やり便乗商品に仕立てただけ?

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(c)Ricky Records RICKY-116 The Best of SAKAMOTO – Enrique Mendez y su orquesta tipica
「ベスト・オブ・サカモト」と大書してあるが、端っこに目立たない色で「エンリケ・メンデス楽団」と書いてある。メンデスはアルゼンチン人バンドネオン奏者で早くからアメリカ合衆国に渡り活動、北米に来たタンゴ歌手の伴奏や、タンゴ・ダンス・ショウの先駆者フアン・カルロス・コぺスの北米公演にも参加している。Ricky Recordsには単独アルバムを残しており、ここの6曲も実はそこからとったもの。演奏はなかなかしっかりしているのだが、曲目がほとんど坂本楽団と無関係。残り半分には歌が入っていて、歌手はアメリカで中南米の音楽を幅広く歌っていたマリア・ルイサ・ブチーノ。こちらには「ポルケ・ラ・キセ・タント」「海に向かって」など入っているのでまだ坂本楽団のレパートリーに近い。ただジャケットの建物は見事に中国系。横の女性も日本人ではなさそうだ。

Orq+Tip+Japon+Arrabal+LP+473_convert_20130215225837.jpg

(d)Ibersound IB-602 Tangos de arrabal – ORQUESTA TIPICA JAPON
こちらもかなり妙なレコードで、まずジャケットがどう見ても日本ではない。タイかインドネシアあたりの風景だ。内容の方は一見すると有名曲は少ないのだが、聞いてみると、「イルシオン」とあるのが「インディフェレンシア」、「エル・プレシディアリオ」は「ア・ラ・ルス・デル・カンディル」、「君の最後の手紙」は「テ・アコンセホ・ケ・メ・オルビデス」、「ベンタロン」はマフィアのそれではなく、ディセポロの「セクレト(秘密)」。曲のあとに作者と思しき人の名前が書いてあり、2曲にホセ・バロス、4曲にホアキン・モラの名が記されている。ホセ・バロスは「漁師のクンビア」の大ヒットで知られるコロンビアの作曲家、ホアキン・モラはアルゼンチン人バンドネオン/ピアノ奏者で、珍しく黒人の血を持ち、「椿姫」「あのお姫様のように」「マス・アジャ」など独特のロマンティックなメロディーを持った異色作で知られる人物。モラは1940年代から中米諸国を放浪したが、特にコロンビアには長くとどまり、タンゴ歌手の伴奏レコードも残している。全体に伴奏が頼りないので(特にバイオリン)、外地(おそらくコロンビア)の録音であることは間違いないが、歌手は明らかにガルデル~ウーゴ・デル・カリルを意識したスタイルのものが多く(すべて同一人物とは思えない)、レパートリーが渋めなので、アルゼンチンの歌手だろう。タンゴ歌手のコロンビア録音あたりを調べると元ネタが割れそうだ。収録曲の中に作者として中米で長く活動した歌手ラウル・ディ・アンヘロの名があるのも気にかかる。

Orq+Tip+Japonesa+Sicodelicos+LP+472_convert_20130215230021.jpg

(e)La Playa Records LP-907 Tangos sicodelicos – ORQUESTA TIPICA JAPONESA
これはある意味極め付きの1枚。アルバム・タイトルが「サイケデリック・タンゴ」なので初めはびっくりしたが、よく考えると坂本楽団が成功した1966~67年はアメリカ西海岸を中心にサイケが流行した時期と重なる。だからといって「オルケスタ・ティピカ・ハポネサ」(日本のオルケスタ・ティピカ)と結びつけるのも意味不明だし、もっと不可解なのは内容がきわめてまっとうなアルゼンチン・タンゴで、サイケな要素がどこにもないことだ。「さらば草原よ」「追憶(レメンブランサ)」という有名曲が2曲が入っているが、あとは無名作者のタンゴ。やはりすべての曲を同一人物がやっているようには思えないが、演奏はなかなか本格的なものである。

結局謎だらけの5枚なのだが、はっきり言えるのは1960年代半ば~後半に日本のタンゴ楽団が中南米諸国や米国のヒスパニック系の間でにわかに話題になり、便乗商品が作られるほどの人気を博していたということだ。

不遇のモダン・フォルクロリスタ、ミゲル・サラビアのこと

不遇のモダン・フォルクロリスタ、ミゲル・サラビアのこと

 2010年に我々の個人招へいで来日したアグスティン・ペレイラ・ルセーナと滞在中いろいろな話をした中で、ちょっと面白い話題があったのを思い出したのでこの機会に記しておきたいと思う。
 アグスティンはお兄さんが買ってきたジョアン・ジルべルトのレコードに大きな影響を受けたのだが、他にも当時アグスティンが聞いたいろいろな音楽の話をしていた。アストル・ピアソラはよく聞いたそうで(アルバム「ヌエストロ・ティエンポ」「タンゴ・パラ・ウナ・シウダー」は当時買ったレコードをその後自宅で見せてもらった)、ボレロもよく聞いていて、特にメキシコのロス・トレス・アセスが好みだったそうだが、アルゼンチンのトリオ、ロス・フェルナンドスもよく聞いたという(かつて日本でも東芝からシングル盤が出ていたことがある)。その後フォルクローレの話になったのだが、そこで出てきた名前がミゲル・サラビア (Miguel Saravia)だった。

 残念なことに日本では1曲も発売されたことがなく、私の知る限り全世界で1曲もCD化されていないというあまりにも不遇なアーティストだが、アグスティンによれば「アルゼンチン・フォルクローレ界のジョアン・ジルベルト」と呼べる存在だったという。1965年にアストル・ピアソラもかつて出演していたブエノスアイレスの音楽クラブ「676」に出演、エンリケ・ビジェーガス、グルーポ・ボカル・アルヘンティーノ、ロドルフォ・メデーロスらとステージを分かち合ったという。「676」に集まるハイセンスな音楽ファンの支持を受け、その頃CBSでの最初のアルバム「エル・ペルソナル・エスティロ・デ・ミゲル・サラビア」を発表、好評を得る。その後もCBSから継続的にアルバムを出し、コアな音楽ファンから評価される一方、いわゆるフォルクローレ・ファンからははっきり拒絶されたという。1970年代にもTROVA、CABALといった高い音楽性を持つ作品を多数リリースしてきたマイナー・レーベルでアルバムを制作し続けるが、1980年代にアルバムを出した形跡はなく、1989年5月26日、まだ46歳の若さで世を去ってしまう。

 うかつにも私はアグスティンから話を聞くまで数曲しか聞いたことがなかったが、その後、いろいろ探して6枚のアルバムを入手できた(ある資料によれば全部で14枚のアルバムがあるらしい)。アルバムごと・時代ごとに多少雰囲気は異なるのだが、ギターのスタイルやモダンなハーモニー、クールなボーカルは明確にボサノーヴァの影響を想像させるもの。レパートリーに古典的な作品は少なく、自作が多い。他にアストル・ピアソラ、ロブスティアーノ・フィゲロア・レジェス(有名な歌手エルナン・フィゲロア・レジェスの弟)、マリア・エレーナ・ワルシュ、テハーダ・ゴメス、エドムンド・リベーロ・イホ、そしてアグスティンの親友でもあった在アルゼンチンのブラジル人音楽家パウリーニョ・ド・ピーニョの作品もある。

 今彼の録音を聞くと伝統的なファンから拒絶されるほどモダンだったとは思えない。もともとトゥクマンの家の出であり(ただ彼自身は家族が一時的に引っ越していたサン・ルイスで生まれたらしいが)、フォルクローレの伝統も体現しつつ、ロック、ビートルズ、ジョアン・ジルベルトを自然に体現してきたアーティストだっただけだと思うのだが、少し時代が早すぎたのだろうか。今活動を続けていれば、フォルクローレと他ジャンルの境界線がにじみ始め、状況が変化していく中で、先駆者として再評価される機会もあっただろうに...。彼の歌う「ハシント・チクラーナ」「クチ・レギサモンの肖像」などを聞くと、もっともっと可能性を持ったアーティストだったと思えて残念だ。
願わくはせめていくつかの傑作アルバムがCD化されることを期待したい。

ちなみに私の手元にあるアルバムは以下の6枚である。

CBS 19758 El personal estilo de… Miguel Saravia (CBS 8610の再発盤)(1965)
CBS 8674 La “Nueva forma” de … Miguel Saravia (1966?)
TROVA XT-80013 La importancia de una pausa (1972)
CABAL LPC-5011 De Miguel...
CABAL LPC-5046 Miguel Saravia
UNION Records UR1001 Nueva musica argentina (1977)

El personal estilo de...
De miguel


まだ未入手のアルバムがだいぶあるはずなので、ゆっくり集めていければと思う。
今回手元のアルバムを見直していて気がついたことがある。下のジャケット写真をご覧いただきたい。タバコを吸いながらギターを弾いている写真なのだが、タバコを右手の薬指と小指の間に挟んでいるのである。これはアグスティンがバーデン・パウエルがやっていることを知って真似していたのと同じスタイルである。ひょっとしてサラビアもバーデン・パウエルに感化されていたのだろうか。

死後35年、録音でふりかえるウーゴ・ディアスの偉大なる軌跡

死後35年、録音でふりかえるウーゴ・ディアスの偉大なる軌跡

 1927年、アルゼンチン北西部サンティアゴ・デル・エステーロに生まれたウーゴ・ディアスはわずか50年の人生の間にあまりにも多くの影響を残したアルゼンチン音楽におけるハーモニカ演奏のパイオニアである。
 幼くして事故で視力を失ったウーゴは病床でハーモニカを手にし、幼馴なじみだったパーカッション奏者ドミンゴ・クーラと共に早くから演奏を始めた。19歳の時、アルゼンチンで活躍していたパラグアイ・アルパ奏者の先駆者フェリクス・ペレス・カルドーソに見いだされ(実は彼に見いだされ、デビューのきっかけをつかんだアーティストは結構多い)、ブエノスアイレスでデビューを果たす。レコード録音を始めたのは1952年、以後の死の直前まで数多くの録音を残してきた。
 近年、初期の録音がまとめて復刻され、その録音歴のほぼすべてがCD化されたことになった。順番にまとめると次のようになる。

(1) アオラ BNSCD-915 アンソロジー初期録音集VOL.1 1952-1953(2枚組)
(2) アオラ BNSCD-916 アンソロジー初期録音集VOL.2 1954-1957(2枚組)
(3) アオラ BNSCD-920 アンソロジー初期録音集VOL.4 1967-1968(2枚組)
(4) アオラ BNSCD-921 アンソロジー初期録音集VOL.5 1970-1970(2枚組)
(5) ビクター VICP-62181~2 ハーモニカの鬼才~フォルクローレ名曲集(2枚組)2002年
(6) ビクター VICP-60902~3 魂のタンゴ・ハーモニカ ~ブエノスアイレスのウーゴ・ディアス(2枚組)1999年
(7) ECCOSOUND 00050 Homenaje a Carlos Gardel (アルゼンチン盤)1997年(※他にAqcua盤など数種有)
(8) Musimundo 806024 “Jazz”(アルゼンチン盤)1992年


(1)~(4)はAQCUA Recordsから出ているものだが、今年アオラ・コーポレーションから日本盤として配給され、私が解説を担当させていただいた。これによって一通りウーゴ・ディアスの録音がCD化されたことになるので、この機会に他の時期のものもあわせてまとめておく。上表を見て分かるとおり、本来なら(2)と(3)の間にあるべきアンソロジーのVOL.3だけがまだ出ていないが、これについては後述する。

初期のテーカー(TK)への録音はLP化されたものについてはほぼ(1)(2)で網羅されているが、SP・EPでしか出なかったものは漏れているようだ。
以下参考として私の手元にあるSP盤のデータをまとめてみる。
S-5088 Que se ha puesto el pago / Pájaro campana 1952
S-5165 Isla Sacá / Engañera 1953
S-5337 Indiana* / General Pinedo* 1953
S-5349 Tacita de plata / La barranquera 1954
S-5396 Selección de polkas / Recuerdos de Ipacaraí 1955
S-5419 La cortejada / Cantando se van las penas* 1955
S-5421 Allá en el atardecer* / Tiempo de alegria 1955
E-10091 La pena del chango / Cunumicita 1956/1955
E-10092 Polkita del reloj / Amor que vuelve* 1955
E-10094 Zamba del quebrachal / El puro ritmo* 1955
E-10157 Cascadas / Selección de chamames* 1957
E-10159 Chacarera doble / Tu tremendo silencio 1957
E-10160 San Baltasar / Selección de rancheras* 1957
E-10161 Por eso vengo* / Se ha ido* 1957
E-10207 El mensú / Danza paraguaya 1958
E-10456 La Salamanca / Cuando el diablo toca el bombo 1960


タイトルの後が録音年で、テーカーの場合、原盤番号の後ろに録音年がついているので、それによっている。おそらくこのリストの倍以上の録音は存在するはずだが、このリスト中だけでも*印の10曲が第1集、第2集共に収録されていない。
またこの期間の途中、1953~55年にはパンパ・レーベルで録音をしており(その一部はJuan Nicolas Díaz名義で出されているので契約上の問題もあったのかもしれない)、少なくとも12曲がアルゼンチンEMI 4085でLP化されており、53年分はCDの第1集、54~55年分は第2集に含まれている。

現在編集中の第3集は1958~1966年の間になるはずだが、いずれにしてもCDに表記されている録音年代はあまりあてにならない。第1集は1952~53年の録音となっているが、実際には1960年録音のはずのCuando el diablo toca el bomboやLa Salamanca、1958年録音のはずのEl mensúが入っていたりしている。

第3集の期間にはディスクジョッキーへの録音が含まれるはずだ。私の手元にあるのは17センチ盤4曲入り"Canto de pajaros"だけだが、他にもあるのか...。

Hugo Diaz EP


またヨーロッパに行っていた時期も含まれるはずだ。実はヨーロッパで1961年にボリビア生まれのリズム「スク・スク」をヒットさせ、「ミスター・スク・スク」と呼ばれたアルゼンチン人歌手アルベルト・コルテスのオリジナルヒット版「スク・スク」の伴奏は実はウーゴ・ディアスであり、他にもウーゴ・ディアスは当時のコルテスの伴奏にけっこう付き合っている。そういうものも含まれるのだろうか...

第4集と5集はRCAレーベルに残した5枚のアルバムを復刻したものである。オリジナル・アルバムは以下の通り。
(1) RCA Camden CAS-3072 “Magia en el folklore”
(2) RCA Camden CAS-3072 “Magia en el folklore vol.2”(=日本盤 RA-5713「アルモニカの哀愁」)
(3) RCA Victor AVLP-3996 “El arte de Hugo Díaz”(=日本盤 RA-5672「幻想のハーモニカ」)
(4) RCA Camden CAS-3252 “Mi armónica y yo”
(5) RCA Victor AVLP-4053 “Puro ritmo”


(1) と(2)が第4集、(3)(4)(5)が第5集に収録されている。
この後、レーベルがトノディスク系に移り、1977年に急逝するまでに8枚のアルバムを残した(はずである)。
(1)Tonodisc TON-1034 “Hugo Díaz en estereo” (1972) (=日本盤 Victor SWX-7049 「ビバ・フフイ」)
(2)Tonodisc TON-1035 "Hugo Díaz en Buenos Aires" (1972)(=日本盤 Victor SWX-7034 「ブエノスアイレスのウーゴ・ディアス」)
(3)Tonodisc TON-1049 "Hugo Díaz en Buenos Aires vol.2" (1973) (=日本盤 Victor SWX-7094「軍靴の響き」)
(4)Tonodisc TON-1075 "Hugo Díaz en Buenos Aires vol.3" (1974) (=日本盤 Victor SWX-7110 「ラ・クンパルシータ」)
(5)Tonodisc TON-1076 "Nostalgias santiagueñas" (1973) (=日本盤 Victor SWX-7099 「忘却のチャカレーラ」)
(6)Tonodisc TON-1097 "En el litoral" (1974)(IMPACTO IMP14078で再発)
(7)Tonodisc TON-1103 "Hugo Díaz para Gardel - 40 Años después" (1975)(IMPACTO IMP14017で再発)
(8) NG Records 6005 "Jazz" (1975?)
 

この時期になるとしらふでスタジオに入ることはほとんどなくなったと言われており、録音には息づかいやうなり声が聞こえ、酔いしれるような、気持ちをぶつけるような演奏が多くなっている。またタンゴ集が3枚ある。以前からタンゴはレパートリーにはあったようだが、録音したのはこの時が初めてのはず(RCAに録音したメドレー中に「泣き虫」があったが...)。それにしてもタンゴ集は素晴らしい内容。ぜひ再発を願いたいところである。
ちなみに以前の日本盤CD「ハーモニカの鬼才~フォルクローレ名曲集」には(1)(5)(6)の3枚分、「魂のタンゴ・ハーモニカ 」には(2)(3)(4)の3枚分が収められている。
 日本で発売されなかった(7)カルロス・ガルデル曲集はレーベルを変えたびたびCD化されてきた。最後のアルバムとなった初のジャズ集は伴奏陣がやや手軽な感じだが、昔から親しんできたであろうスタンダードを心ゆくまで吹いている。アルゼンチンのレコードチェーンである「ムシムンド」の企画盤として1度だけCD化されたが、まったく日本には入ってこなかったようだ。

彼の生涯を描いたドキュメンタリー映画「ア・ロス・クアトロ・ビエントス」はまだ見る機会に恵まれていない。そちらのサウンドトラックにもいろいろな録音が使用されている(AQCUA Records AQ187 “A los cuatro vientos” 2008)。そこで気になるのは、フォルクローレのアーティストで最も早くからテレビ出演していたというウーゴ・ディアスの映像は残っているのだろうか? この映画には何かしら使われているのではないかと期待するのだが、他のDVD等で見たことは一度もないと思う。
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